Oct 17, 2009
切断する前には、鍵交換
彼らが壊れてから修理交換するというのは自然な考えですね。しかし、我が家を守るセキュリティのようであるが、キーの場合には、それが適用されていない。やはりキーの交換というのは、セキュリティ目的のため、セキュリティの能力向上のため定期的に実施することです。鍵の交換は壊れるずっと前に防犯のためにする必要があります。ガラスが壊れる、突然のことも多いです。そんな急なガラス修理とは別に、いつでも良い気もするが、ガラスになっている場所に応じて、すぐに対応してもらうこともあるでしょう。そんなすぐに対応し、目的のガラス修理は即日対応の修理店をお勧めします。インターネットの検索では意外に簡単に見つけることのようで一ボンボシプシオ。
豊後高田市の「昭和の町」に12日、市立高田、桂陽両小の児童が「こども商店街」をオープンさせた。キャリア教育の一環で、将来、子どもたちの職業選びの幅を広げるのが狙い。毎日新聞社も協力。こども商店街を取材する子ども記者に現役記者がアドバイスし、壁新聞を制作した。
主催は「昭和の町」にある市商店街連合会。市教委もバックアップ。3〜6年生124人が参加し、和菓子店など29店の従業員などになり、販売などを体験。仕事の様子などを4人の子ども記者が取材した。
別府通信部の祝部幹雄記者(48)が「誰がいつ、どこで、どうした」などの取材のポイントを助言。1日記者になった高田小5年、御幡佳菜子さん(11)らは、車椅子で竹トンボづくりをしている男性(64)を取材。早速、手書きの町ダネ記事にした。
その後、4人の記者は特設ブースの商店街盛り上げ新聞社に戻り、マス目の原稿用紙に取材したメモを見ながら原稿をまとめた。時間が足りず写真をどこに置くかなど制作は体験できなかったが、祝部記者が2ページ(1ページ縦125センチ、横75センチ)の壁新聞にまとめた。2小学校と昭和の町に、後日張り出す予定。
高田小の吉村郁子教頭は「接客を通じ多くの観光客が訪れる自分の町がどうなっているか、子どもが肌で感じたはず」と目を細めた。【大漉実知朗】
11月13日朝刊
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別大マラソン運営のお手伝いをしませんか−−。来年2月5日に開かれる第61回別府大分毎日マラソン大会事務局は14日から、レース前日と当日のボランティア計約500人を募集する。
事務局によると、対象は15歳以上(中学生を除く)の健康な男女で、5人以上のグループ参加が基本。交通費などは自弁だが、大会の帽子、ウインドブレーカー、弁当、お茶は支給される。
運営業務は、レース前日(4日)に別府市のビーコンプラザである選手の受け付け手伝い、配布物品の袋詰め、参加賞受け渡し▽当日(5日)のコース沿道での整理、給水地点での給水準備、片付け、収容バス・関門地点での救護−−など。具体的な業務内容は募集後決める。
「別大を支える人」として、大会プログラムに氏名、企業ボランティアは企業名を掲載される。問い合わせ、申し込みは30日までに大会事務局(097・558・1999)へ。
11月13日朝刊
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◇大分大医学部案も
第二次世界大戦後、別府市に約10年間あった米軍基地(通称キャンプ・チッカマウガ)返還(1957年)の前年、県や旧厚生省、全日本観光連盟(現日本観光振興協会)が大学医学部や国際観光施設の整備を検討していた。日本文理大の白土康代准教授(戦後地域文化)が県公文書館で資料を見つけた。【祝部幹雄】
旧厚生省国立公園部計画課と同連盟企画部の意見を県の担当者が関係部課に回覧した資料。56年10月24日に起案され、副知事や関係部課長の認印がある。
同連盟は(1)市街地近くに大分大医学部か別府医大を設置し、隣接地に温泉医療研究所などを置く(2)高台に国民宿舎、ユースホステル、ユネスコ村を整備(3)最上部は東京・井の頭自然文化園の巨大版を造成−−と提案。厚生省も「国民宿舎などの整備が最も適切」と回答。用地買収費なども試算されていた。米軍基地図の上に手書きで転用計画を書き込んだ図や、ユネスコ村地区を各国・地域別に色分けした図も同封されていた。
基地は西野口町から野口原、鶴見園町、山の手町など81ヘクタール。現実には東側が陸自に移管され、更に76年の市返還後は別府公園や市役所に。西側の一部はホテルや遊園地、住宅地になり、構想の大部分は実現していない。
加藤泰信・県立先哲史料館専門員は「初めて見聞きした構想。当時、県内で主流だった自衛隊誘致の経済対策を優先したのかも」と話す。
白土准教授は「構想が実現していれば別府の町づくりは違ったはず。実現しなかった経緯も調べたい」と話している。秋のパワーストーンの不思議な力
11月13日朝刊
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